石橋の政策
民間校長自殺事件
 
 
 
教育現場の「闇」に命を落とした校長

 
 今年三月九日、民間出身の慶徳校長が自殺された。痛憤の思いである。
慶徳校長が教育の世界に関心を抱くに至ったのは、「学級崩壊、いじめ、不登校、青少年の自殺、非行、犯罪」などの報道に心を痛めたことがきっかけだった。教育の立て直しは、「歩く道徳」と評された故人の、心からの願いだったと思われる。広島銀行に三十一年間に渡って勤め、東京副支店長まで務めた豊富な経験を「学校経営」に生かし、「社会貢献」をしたいという願いが「公立学校の校長任用に係る校長候補者の推薦」の機会に機敏に反応させたのである。校長の願いの深さが偲ばれる。
昨年四月、尾道市立高須小学校に赴任した慶徳校長は、教職員との相互理解と意思統一をはかり、一体となって子供達の為に尽くそうと努力された。
それが、僅か一年足らずの間に精根尽き果て、自ら命を絶つに至ったのだ。その痛恨の思いは如何ばかりであったことだろう。
四年前の世羅高校の石川校長(当時)自殺事件、そして昨年三月、三原養護学校の谷口進校長が自殺した事件が生々しく蘇るのである。私は、昨年の予算特別委員会において、この三原養護学校長自殺事件について質問をしたが、職員会議が機能せず、校長を無視した文書が外部に出される、校長を無視して学校行事が企画・運営されるなどの無法状態があったことが判明した。慶徳校長と同じく、真面目で誠実な人柄で校務に心を砕いておられた方である。
更に、このほかにも校長先生や教頭先生が自殺に追い込まれた事件がここ数年でも数件起こっているのである。水面下での反撃の実態が如何なるものであるのか、余人には窺い知れない教育現場の「闇」に命を落とした校長先生方の「壮烈な戦死」のことを思うと断腸の思いである。
校長室の机の引き出しには「能力のない者が校長になって、たくさんの方々にご迷惑をおかけすることになり、本当に申し訳ありません」という遺書が残されていた。しかし、慶徳校長は決して「無能」ではなかった。就任以来の一年間、困難な状況に屈せず、「並みの新任校長には及びも着かないほどの活躍を見せ」実績を上げていたのである。上寺久雄氏が正論七月号に「悲しい結末 民間出身校長の自殺」の中で指摘している。
「この小学校は、尾道市の『基礎学力定着推進校・教科担任制度推進校』として基礎基本の定着や、個を活かすための指導方法の工夫、授業時数の確保、学力検査の実施とその分析による指導の充実など、是正指導後の“新生広島”をリードする存在であった。このような学校のおかれた状況の中で、『校長は急ピッチで改革を進め、なおかつ同小の百三十周年行事を成功させるなど、“並みの新任校長”には及びもつかぬ活躍を見せていた』と報道されている。これで見る限り全く申し分のない優れた校長さんであったことに異存はないように思われる」
実際、年間を通しての授業研究とその成果として一月二十二日に行われた「高須小学校教育研究会」では、全学年による公開授業が行われ、保護者を含めた約四百名の参加を得た。高須小学校で公開授業に取り組むのは過去初めてのことであった。
にもかかわらず、教職員組合の報告書では、校長が学校現場のことがわからず、戸惑っていたことが強調され、言わば校長の「無能」をアピールしている。その目的が、「民間校長反対」という彼らの運動方針に基づくものであることは明白である。
親交のあった行員から「まじめで誠実、責任感が強く規律性、協調性のある人物、職務能力、人柄ともに立派な方」と慕われ、子供たちからも「校長先生は、高須小学校のために毎日がんばってくださいましたね。寒いのに、毎日校門に立って『おはよう』とあいさつをしてくださっていました。いまでも、声が聞こえてくるような気がします。三月五日の朝の集いのときも、『みんながあいさつのできる、明るい高須小学校になろうね』とお話してくださいましたね。高須小学校は、校長先生のおかげで、いままでより明るくなったと思います。(慶徳元校長の葬儀における児童の弔辞の一節)と慕われていた。校長が、二学期から毎朝ただ一人で校門に立ち、児童と挨拶を交わし触れ合いを深めてきたことが、強い印象となって子供たちの心に焼き付いていたのだろう。
その慶徳校長先生が、何故「能力がない」のか。そして何故「自殺」を選ばざるを得なかったのか。その場所が、自宅でも、教育委員会でもなく、何故「学校現場」だったのか!ここに、故慶徳校長の強烈なメッセージが込められていると思わざるを得ない。

 
 
教職員組合の民間校長への異常な仕打ち

 
慶徳校長の死は、是正指導以前の広島県公教育の実態が今も残存していることを示すものであり、この実態を徹底的に究明し、「異常」を正していくことが何よりも急務である。
広島県教育委員会・尾道市教育委員会の報告書をはじめ、PTA関係者、内部告発文書、地元での噂など、広教組の報告書を除く全ての情報が、教職員の校長に対する仕打ちを浮き彫りにしている。意気に燃えて赴任した新任の民間出身校長を待っていたものは、「民間出身校長」に組織的に反対する方針を持つ、排他的な教職員集団であった。高須小学校の組合率は三十八人中三十五人と九割以上であり、県全体の三十%台に比べて著しく高い。新任校長は早くも四月半ばには嫌気が差し、「こんなことを教員と話すためにきたのではない」と県教委の職員に洩らしていた。
五月に入り、教頭が倒れた。校長は一人で組合に立ち向かわねばならなかった。五月の運動会での国旗掲揚・国歌斉唱に食って掛かった一部教職員の余りにも非常識な言い掛かりに、慶徳校長は戸惑った。それでも何とか乗り切り、二学期に入ってからは、朝の挨拶運動をただ一人で始め児童と直接接して志を振るい起した。
ところが、十一月に学校で飼育していた十八匹のウサギのうち十七匹が惨殺される事件が起った。教員の異常さはウサギ惨殺事件でピークに達した感がある。この児童の安全に係る問題に、教職員は集団登下校の引率に難色を示し、中途で打ち切ったのである。そのためPTAから抗議が集中し、校長は板挟みになった。
地元の一致した見方は、教職員が校長を追い詰めた、というものである。しかし、その教職員の中でも確信犯は数名であって、後の数十名は、組合怖さに追随していたに過ぎないという。ウサギ惨殺事件の冷酷無情で残虐な殺し方を見たとき、児童の安全を第一に考えることは保護者として当然の願いである。ところが教職員は残業となることに反対し、年明けには打ち切りになったわけである。このことが保護者の学校と教職員への不信感を決定的にした。
三月七日、入院していた教頭先生が復帰に際して挨拶に来ることを伝えると、教員は「何をしにくるのですか」「七時半にどうやって来いというのか」と校長に噛み付いた。校長はもう何も言わなかった。教職員の人間性への絶望が胸の内を覆ったことだろう。
広島県教育委員会と尾道市教育委員会の詳細な報告書が提出されている。この報告書について、「不十分である」「偏っている」などと教職員組合等がレッテルを張っている。しかし、高須小の保護者の一人は「大筋はあの通りです、いえ、あれは証拠を示せるものに限定されているため、穏やかになっていますが、実際はもっと酷いものでした」と話してくれた。しかし、聖域化している学校内で起こっていることについて、明確な証拠をつかむことは極めて困難である。例えば、五月十三日、運動会の国旗掲揚をめぐり、職員連絡会において教員達が慶徳校長を追い詰め執拗に質問したことも、職員会議録では「国旗掲揚…役割分担について学校長の話を聞いて善処していく」と書かれているだけであり、広教組の報告書では「対立はなかった」と書かれているのである。これでは、職員会議には必ず録音するというような規定を設けざるを得なくなる。
県教委報告書に現れる慶徳校長の言葉を拾ってみると、その苦しみが伝わってくる。
「校務運営の困難さについて校長は、五月十七日(金)に県教育委員会職員及び尾三教育事務所職員に対して次のように述べている。『私の性格として、控えめで、何事も最初から丁寧に一つ一つやる性格である。校長としては、教職員とけんかをしながら施策をとおしていく強引さが必要だと思う。職員会議で提案したことが教職員から打ち返される。柔らかい性格で強引にとおすことができない』『教頭がいないことは非常に痛い。私は、状況がわからない。校長が銀行家になっても何も分からないのと同じで、規則、手続き等よく分からない。午前は係長、午後は管理主事がここ一週間は毎日のように来てくれてありがたいが事務的なことが中心である』
「この(民間校長の管理職登用に反対している)教職員団体の学校分会が高須小学校にあり、慶徳校長はこの学校分会への対応について、五月二十一日(火)、見教育委員会職員お呼び尾三教育事務所職員に対して次のように述べている。『学校では、初めて聞く話も多いし、組合対策も民間ではなかったレベルの話がある』『四月中旬までは自分も元気だったが、組合や教員とこんな話をしに来たのではないという思いがあり、嫌気がさしたところに、教頭が倒れたということが重なって気持ちが落ち込んでしまった。教育をどうしようかということでなく、そんなことに労力の大半を費やしている』『自分としては、公的な立場にあるし、無責任なことはできない』『今年の運動会から国旗掲揚をすることとしているが、掲揚を誰がするとか「国旗に注目」という発言を誰がするかを決めることも簡単にはいかない。今年から始まったこともあって、教員からどうしてという質問が出されるが、うまく回答できない』」

 
 
県民から寄せられた内部告発の手紙

 
慶徳校長先生を死に追いやったもの、それは教職員組合の組織的・継続的で執拗な「いじめ」であったことを、私は確信している。それは、現場を知る多くの県民の思いであり、私の手元には、次のような匿名の内部告発の手紙が届いた。
「前略と匿名をお許し下さい。
広島県尾道市立高須小学校校長の自殺について、調査をお願いします。
具体的な事例の一端は次の通りです。
民間校長の新任校長を高須小学校の教職員組合は、職務能力・人間性有無について、集団で日常的に非難し、罵声を浴びせ続けた。その上、教員を指導する教科的能力がないこと等、学校管理能力全般について、人格を傷つけるほど嘲笑し、馬鹿呼ばわりした。
新任・民間出身であることを前面に出して低姿勢で対応しようとする、意欲的な新任校長に対し、教職員組合は集団で継続的に挨拶・会議等で無視することを組合で取り決め、実行した。
民間から採用した新任校長に経験がなくて、答えられないようなことを全員の前で組織的に意地悪く質問し、答えられないことを馬鹿にし、無能呼ばわりした。例えば、民間会社と学校教育現場と違うことを強調して、『民間会社のエリートのお前に何ができる。やってみろ。何もできないから。同和教育とは何か答えてみろ』と脅迫した。
四月からの実施予定の人事評価制度について、能力がないのでできないことを校長自ら全員の前で自白させようと脅迫した。(略)
校長は三学期になると人事・卒業式のことで組合と再び対立し、校内で孤立感を深めた。卒業式に『君が代斉唱とピアノ伴奏』を職員会議で教頭に指示したが、質問等で強い抵抗にあい解決策がなく実施に不安をいだき、そして絶望した。
自殺の原因は広島県教職員組合高須小分会の陰鬱な集団的いじめの結果であります(後略)」
この他にも、更に深刻な内容の告発文書も届いている。
詳細に語る紙数がなく、詳しくは広島県教育委員会のホームページで公開している報告書を見ていただくしかないが、いかに学校の中が「異常」な空間であり、排他的、閉鎖的であるかをまざまざと実感させられるのである。

 
 
教育基本法第十条の改正が急務

 
ところで、広教組はしきりに県教委・市教委が、「たった二日の研修で現場に出したのが間違いである」ことを強調し、県教委・市教委の責任を追及している。教育委員会に全く落度がなかったとは言えないだろう。しかし、一義的にその学校で共に働いていた教職員が、自らには全く非がないかの如くに振舞うのは実におかしな話である。
尾道市の地元新聞に載った声であるが、「この地域では教員の出世は校長をやめさせることができた人」という「教育界の常識」があるそうである。また、高須小学校の校長経験者は「赴任早々に、組合教員から『この学校を乗っ取ってやる』と言われたことがある。『乗っ取れるものなら乗っ取ってみろ』と思ったが三年ほどでその教員は別の学校へ転任していった」と語る。まだまだ「異常」な話には事欠かない。
もし教育委員会に落ち度があるとするならば、民間出身校長の力を過信し、この異常な学校現場というサティアンに送り込んだことであろう。問題は、県教委・市教委が想像もつかないほど学校の現場が「異常」だったということに尽きよう。レーニンらロシア革命下の人間群像について「鉄の様な意志と冷酷な非人間性」がその本質であるとベルジャーエフは喝破したが、正に「マルクス・レーニン主義」を根本ドグマとしてきた教職員組合が、「鉄の様な意志」と「冷酷な非人間性」を貫いているのが学校現場の実態なのである。
この極一握りの組合教員が支配する学校体制の恐るべき実態を思うとき、教育基本法第十条の条文が「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に直接責任を負って行われるべきものである」とあることを想起せざるを得ない。この条文は、日教組によって、不当な介入の主体を「文部省」であり「教育委員会」であると決め付けられ、「教育権は教師(組合)にある」とする学校の教職員組合支配の根拠とされてきた。
現在、教育基本法改正が論議されているが、この教育現場の異常な実態を見過ごすならば、全くの画餅に終わると思われてならない。
教育の荒廃の原因は、社会的常識と人間性を欠落させた教職員集団の存在にあり、これを告発せずして、教育に明日はない。それはそのまま日本の死につながるのだ―慶徳校長がこう考えたかどうかは分からない。しかし慶徳校長の死なくして、これらの異常な実態が注目され議論されることはなかったに違いない。慶徳校長が死を以て訴えたかったことは一体何であったのか。「諫止」という言葉が浮かぶ。温厚な人格者であった慶徳校長の死は、武士道精神に貫かれた「諫死」だったのではないか。
しきりにそう思われてならない。民間で叩き上げ修羅場を潜り抜け、世界情勢に通じ、教育を「国家百年の大計」と位置づけ、体を張って教育現場に乗り込んできた慶徳校長が、「追い詰められて」死んだ、とは思えない。このままで済ましてはならない。慶徳校長の無念を晴らすには、「諫死」の意味を受け止め、亡国の淵にある我が国の精神の覚醒を促すしかない。そして、それには「教育基本法の改正」就中、第十条の改正が急務であると思うのである。