皆さん、おはようございます。 自由民主党広島県議会議員会の石橋良三でございます。 早速質問に入りたいと思います。
本年は、先の大戦におけるポツダム宣言受諾、及び終戦の詔の発布より数えて六十年目、また、日露戦争での戦勝より数えて百年目と、我が国にとっては大きな節目の年に当たります。 この節目の年に当たり、何よりもまず荒廃した国土の上、敗戦の絶望の中から現在の日本を築き上げていただいた先人たちに感謝の誠を捧げたいと思います。 戦後わずか六十年という短い間に、アジアの小さな島国である日本が現在のような繁栄を享受するまでに至ったというのは、ひとえに先人たちのお陰であり、それは歴史上、他に類を見ない奇跡と呼んでも決して過言ではございません。 今改めて、戦後我が国が歩んできた道を振り返り、学ぶべきは学び、反省すべきは反省し、以って、これからの我が国、我が県の進むべき道を見定めるための足がかりとすることは、我々政治に携わる者の当然の責務であると思うのであります。
このような思いで、現在、我が国が置かれた状況を見てみますと、残念ながら、私たちが当時の方々と比べて幸せな、安心した生活を送っているとは思えないのであります。 今私たちは、恐らくは一人の例外もなく、「漠然とした不安」を日々感じながら、その日を何とか無事に暮らしているというのが、現実ではないかと思うのであります。 そして、自分でも原因がよく分からないままに抱く、この「漠然とした不安」は、昔と比べて確実におかしくなってしまった、現代の社会に対してのものであると思うのであります。
今から十年前、戦後五十年ということで、「戦後の総決算」ということが政財界、各方面で言われておりました。 十年前と申しますと、バブルが崩壊し「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称された経済繁栄が崩れて行く中で、阪神淡路大震災にみまわれ、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、社会全体に得体の知れない不安が広がっていった年でもありました。 それから十年。この間に起きたことと言えば、例えば「神戸連続児童殺傷事件」に代表されるような少年犯罪の凶悪化と発生件数の増加。政界、財界、官界と、我が国全体に溢れる不祥事など、私の頭に去来する出来事は、その大半が、本来あってはならない事件であり、十年前と比べて、我が国が少しでも良くなったとは、到底思えないのであります。
その原因の一端は、この六十年の間に、我が国が、我が国独自の歴史、文化、伝統を、真摯に受け止め、継承することを疎かにし、また、GHQにより押し付けられた現行憲法、及びそれに付随する「自由」「平等」「人権」「民主主義」などの概念と真正面から向き合うことをせずにそのまま放置して来たことに由来するものであるということは、私は折りに触れ、議会において常々、申し上げて参ったところであります。 これらの概念は、キリスト教社会においてのみ成り立つものであり、無防備に取り入れた我が国には、所詮なじまないものなのであります。 これらの概念により、我が国は、国家としてよって立つべき精神的支柱を完全に見失っているのであります。 このほかの原因に、戦後の経済成長の後、我々が見失ってしまっている「将来への夢」、あるいは「希望」があると思うのであります。 ここで言う「夢」、あるいは「希望」とは、ただ個人のものを言うのでなく、家族、地域、市町村、県または国といった単位でのことであり、そうした「夢」「希望」というものが失われていくということは、それらを与えることのできる指導者たる人材が欠如しているということに他ならないと思うのであります。 人々の心を熱くする情熱と、確固たる決意と責任感を持って「夢」を語り、実行する人物が、残念ながら非常に少なくなってしまっていることが、現在の我が国における悲劇の要因のひとつであると思うのであります。
江戸時代、十七歳という若さで米沢藩主になった上杉鷹山という人物、恐らく、この時期、議会などで最も多く引用される先人のひとりであろうと思います。 若き鷹山は、当時、未曾有の財政危機にあった米沢藩を、自らの一年間の生活費を、千五百両から実に二百両余りにまで圧縮するという大倹約を率先して行い、領民に範を示すことで、その財政危機を乗り越え、また、それのみならず、自分より年齢も経験も、はるかに上の家臣たちの反対にも決して揺らぐことなく、「武士は農作業などしない」という固定概念を打ち破り、「農業の振興」、「織物業の振興」、「教育の充実」と、三十五歳で隠退するまでのわずか十八年の間に、画期的な行政改革を断行したのでありました。 その鷹山が隠退するに際して、次期藩主に与えた「伝国の辞」がここに伝えられておりますので、ここに引用してみたいと思います。
一、 国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして、我私すべき物にはこれなく候 一、 人民は国家に属したる人民にして、我私すべき物にはこれなく候 一、 国家人民のために立てたる君にして、君のために立てたる国家人民にはこれなく候
即ち、 一、 自らの利益のために国家を用いてはならない 一、 自らの利益のために人民を用いてはならない 一、 人民のために君主があるのであり、決して君主のために人民があるのではない ということであります。 この「伝国の辞」には、鷹山の「藩主としてのあり方」即ち、「指導者たる者のあり方」が、実に端的に表現されていると思うのであります。
鷹山はまた、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。」という言葉を残した人物でもありますが、まさにこの言葉の通り、まず自らが率先して行動を起こすことで、非常に困難であった財政改革、行政改革をも成し遂げたのであります。 この指導者の鑑とも言うべき鷹山の精神的支柱は、先程の「伝国の辞」に表されているように、全てに於いて、人民を第一に思うことであったのであります。 そのような鷹山の姿に我々は「私心を廃し、常に国家国民のために行動する者の姿」を、また、「現在の問題を直視し、解決に向け不退転の決意で挑む者の姿」を、そして「道義に悖ることのないよう、是は是、非は非と明確に示す者の姿」を見るものであります。
これらについて考える時、戦後、我が国が見失ってしまったものが、よく見えてくるような気がしてならないのであります。 現在の日本には、政治を私利私欲の為に用いる者の姿があります。問題解決どころか、先送りにして責任逃れをする者の姿があります。己の非を恥じるどころか、言い逃れをする者の姿があります。 このような指導者、このような人物が、戦後の我が国から、「夢」や「希望」を奪い、大人からは「情熱」を、子供からは「理想」や「目標」を奪ってしまったと言っても、過言ではないと思うのであります。 そうして辿り着いたところが、この「漠然とした不安」が蔓延した、現代の我が国であろうと思うのであります。 達成すべき夢も希望も、目標も示されない社会では、人間が不安定な存在になるのは当然であります。 どこを目指すべきか分からず、何をすべきかも分からない。我が国の伝統的美風である道徳心、公共心は、廃れ、顧みられず、最早、人として、何が正しくて何が悪いのかさえ判断できない。よしんば出来たとしても、進んで悪行をして恥じることさえない。 私たち国民ひとり一人が、自覚がないままに節操を無くし、責任感をも無くしつつあることに、危惧の念を抱くのは、私一人ではないと思うのであります。
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