平成17年2月定例会 代表質問並びに答弁

自由民主党広島県議会議員会 石橋良三

質問項目

1.【前文】
2.【藤田知事3期12年の検証】
3.【行政改革の姿勢について】
4.【予算編成のあり方について】
5.【本県の産業構造の転換について】
6.【広島県の顔づくりについて】
7.【教育諸制度の改革について】

資料

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平成17年2月定例会答弁実録(PDF)


質問並びに答弁
1.【前文】

 皆さん、おはようございます。
 自由民主党広島県議会議員会の石橋良三でございます。
 早速質問に入りたいと思います。

 本年は、先の大戦におけるポツダム宣言受諾、及び終戦の詔の発布より数えて六十年目、また、日露戦争での戦勝より数えて百年目と、我が国にとっては大きな節目の年に当たります。
この節目の年に当たり、何よりもまず荒廃した国土の上、敗戦の絶望の中から現在の日本を築き上げていただいた先人たちに感謝の誠を捧げたいと思います。
 戦後わずか六十年という短い間に、アジアの小さな島国である日本が現在のような繁栄を享受するまでに至ったというのは、ひとえに先人たちのお陰であり、それは歴史上、他に類を見ない奇跡と呼んでも決して過言ではございません。
 今改めて、戦後我が国が歩んできた道を振り返り、学ぶべきは学び、反省すべきは反省し、以って、これからの我が国、我が県の進むべき道を見定めるための足がかりとすることは、我々政治に携わる者の当然の責務であると思うのであります。

 このような思いで、現在、我が国が置かれた状況を見てみますと、残念ながら、私たちが当時の方々と比べて幸せな、安心した生活を送っているとは思えないのであります。
 今私たちは、恐らくは一人の例外もなく、「漠然とした不安」を日々感じながら、その日を何とか無事に暮らしているというのが、現実ではないかと思うのであります。
 そして、自分でも原因がよく分からないままに抱く、この「漠然とした不安」は、昔と比べて確実におかしくなってしまった、現代の社会に対してのものであると思うのであります。

 今から十年前、戦後五十年ということで、「戦後の総決算」ということが政財界、各方面で言われておりました。
 十年前と申しますと、バブルが崩壊し「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称された経済繁栄が崩れて行く中で、阪神淡路大震災にみまわれ、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、社会全体に得体の知れない不安が広がっていった年でもありました。
 それから十年。この間に起きたことと言えば、例えば「神戸連続児童殺傷事件」に代表されるような少年犯罪の凶悪化と発生件数の増加。政界、財界、官界と、我が国全体に溢れる不祥事など、私の頭に去来する出来事は、その大半が、本来あってはならない事件であり、十年前と比べて、我が国が少しでも良くなったとは、到底思えないのであります。

 その原因の一端は、この六十年の間に、我が国が、我が国独自の歴史、文化、伝統を、真摯に受け止め、継承することを疎かにし、また、GHQにより押し付けられた現行憲法、及びそれに付随する「自由」「平等」「人権」「民主主義」などの概念と真正面から向き合うことをせずにそのまま放置して来たことに由来するものであるということは、私は折りに触れ、議会において常々、申し上げて参ったところであります。
 これらの概念は、キリスト教社会においてのみ成り立つものであり、無防備に取り入れた我が国には、所詮なじまないものなのであります。
 これらの概念により、我が国は、国家としてよって立つべき精神的支柱を完全に見失っているのであります。
 
 このほかの原因に、戦後の経済成長の後、我々が見失ってしまっている「将来への夢」、あるいは「希望」があると思うのであります。
 ここで言う「夢」、あるいは「希望」とは、ただ個人のものを言うのでなく、家族、地域、市町村、県または国といった単位でのことであり、そうした「夢」「希望」というものが失われていくということは、それらを与えることのできる指導者たる人材が欠如しているということに他ならないと思うのであります。
 人々の心を熱くする情熱と、確固たる決意と責任感を持って「夢」を語り、実行する人物が、残念ながら非常に少なくなってしまっていることが、現在の我が国における悲劇の要因のひとつであると思うのであります。

 江戸時代、十七歳という若さで米沢藩主になった上杉鷹山という人物、恐らく、この時期、議会などで最も多く引用される先人のひとりであろうと思います。
 若き鷹山は、当時、未曾有の財政危機にあった米沢藩を、自らの一年間の生活費を、千五百両から実に二百両余りにまで圧縮するという大倹約を率先して行い、領民に範を示すことで、その財政危機を乗り越え、また、それのみならず、自分より年齢も経験も、はるかに上の家臣たちの反対にも決して揺らぐことなく、「武士は農作業などしない」という固定概念を打ち破り、「農業の振興」、「織物業の振興」、「教育の充実」と、三十五歳で隠退するまでのわずか十八年の間に、画期的な行政改革を断行したのでありました。
 その鷹山が隠退するに際して、次期藩主に与えた「伝国の辞」がここに伝えられておりますので、ここに引用してみたいと思います。

一、 国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして、我私すべき物にはこれなく候
一、 人民は国家に属したる人民にして、我私すべき物にはこれなく候
一、 国家人民のために立てたる君にして、君のために立てたる国家人民にはこれなく候

 即ち、
一、 自らの利益のために国家を用いてはならない
一、 自らの利益のために人民を用いてはならない
一、 人民のために君主があるのであり、決して君主のために人民があるのではない
ということであります。
 この「伝国の辞」には、鷹山の「藩主としてのあり方」即ち、「指導者たる者のあり方」が、実に端的に表現されていると思うのであります。

 鷹山はまた、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。」という言葉を残した人物でもありますが、まさにこの言葉の通り、まず自らが率先して行動を起こすことで、非常に困難であった財政改革、行政改革をも成し遂げたのであります。
 この指導者の鑑とも言うべき鷹山の精神的支柱は、先程の「伝国の辞」に表されているように、全てに於いて、人民を第一に思うことであったのであります。
 そのような鷹山の姿に我々は「私心を廃し、常に国家国民のために行動する者の姿」を、また、「現在の問題を直視し、解決に向け不退転の決意で挑む者の姿」を、そして「道義に悖ることのないよう、是は是、非は非と明確に示す者の姿」を見るものであります。

 これらについて考える時、戦後、我が国が見失ってしまったものが、よく見えてくるような気がしてならないのであります。
 現在の日本には、政治を私利私欲の為に用いる者の姿があります。問題解決どころか、先送りにして責任逃れをする者の姿があります。己の非を恥じるどころか、言い逃れをする者の姿があります。
 このような指導者、このような人物が、戦後の我が国から、「夢」や「希望」を奪い、大人からは「情熱」を、子供からは「理想」や「目標」を奪ってしまったと言っても、過言ではないと思うのであります。
 そうして辿り着いたところが、この「漠然とした不安」が蔓延した、現代の我が国であろうと思うのであります。
 達成すべき夢も希望も、目標も示されない社会では、人間が不安定な存在になるのは当然であります。
 どこを目指すべきか分からず、何をすべきかも分からない。我が国の伝統的美風である道徳心、公共心は、廃れ、顧みられず、最早、人として、何が正しくて何が悪いのかさえ判断できない。よしんば出来たとしても、進んで悪行をして恥じることさえない。
 私たち国民ひとり一人が、自覚がないままに節操を無くし、責任感をも無くしつつあることに、危惧の念を抱くのは、私一人ではないと思うのであります。


2.【藤田知事3期12年の検証】

 以上のことを踏まえ、知事の、三期十二年の施策の検証を、県民の視点に立って行ってみたいと思います。
 
 それでは、最初の質問を知事にお伺い致します。
 知事は、平成七年三月に「第四次長期総合計画」を策定し、「日本で一番住みやすい生活県広島」を掲げ、さらに、平成十二年十一月には、これを補完する「県政中期ビジョン、ひろしま夢未来宣言」を策定し、「魅力にあふれ、内外の人々や企業から選ばれる元気な広島県」を掲げて、県政を運営してこられました。
 この中で知事が県民に向かって、最重点施策として公約してきた、いわゆる大型プロジェクトである「広島空港軌道系アクセス」「県立がんセンター構想」「県庁舎整備構想」について、社会状況の変化の中で、凍結あるいは進捗が遅れております。
 
 まず、「広島空港軌道系アクセス」ですが、平成五年十月の広島空港開港を見据えた、平成四年度の「新広島空港軌道系アクセス調査研究委員会報告」を受けて、平成五年度、六年度の二ヶ年に「在来線延伸案」及び「リニア鉄道案」について調査を行い、平成七年度にリニア鉄道段階整備案に決まり、その後、その方向で検討がなされて参りました。
 ところが、平成十二年九月に、本県が導入を予定していた、時速二百キロで運行する車両の開発が断念されたことなどを理由に、リニア構想を断念され、JR西日本との技術的協力を得ながら、在来線案の実現に向けて、調査、検討を進めると云う宣言をされ、在来線型鉄道による、広島空港アクセスの整備に向け、環境アセスを継続して実施されておられますが、発想以来十年以上の歳月を費やしながら、未だに結論が見えていない状況にあります。

 次に「がんセンター構想」でありますが、平成七年四月に発足し、平成八年二月に報告された、広島県高度専門医療施設、基本構想策定委員会から提言された「ひろしま国際平和祈念がんセンター基本構想」をもとに平成八年七月には立地検討委員会、同年十一月には整備推進委員会が設立され、平成十一年三月に平成十六年度のオープンを想定した、「広島県がんセンター整備基本計画」が策定されました。
 ところが、平成十二年九月に、県内のがん医療の動向に大きな変化が見られたこと、財政事情などを理由としてあっけなく凍結されたのであります。

 さらに、「県庁舎整備構想」においても、平成七年一月の阪神淡路大震災を契機として、広島県における行政及び災害時の防災司令拠点施設である県庁舎の耐震診断を実施し、その結果、一部を除き現行の耐震基準を満たしていないことが判明したことから、平成八年度には「県庁舎等整備調査特別委員会」が、また平成九年五月には第三者機関である「県庁舎整備検討懇話会」が設置され、財源問題も含め具体的な検討が開始されたのであります。
 そして、この懇話会から平成十年十二月に、知事に対して
三か所の場所の選定を行った上で、移転、建替え、双方の検討の必要性や資金確保のための基金造成の着手などが提言されたのであります。その後、この提言に基づき、平成十一年度から基金造成に着手するとともに、庁内組織まで立ち上げ、現在地の売却、活用可能性調査など、県庁舎整備の方法を検討されましたが、結局は平成十五年五月に、事実上この構想は凍結され、今年度も基金への積立も見送られており、今では本当に整備が実施できるのかさえも、全く見えなくなってしまったのであります。

 以上、三つの大型プロジェクトは、県民の大きな期待の中で着手された事業であったにも関わらず、県民の期待は裏切られ、これらの計画に協力された外部の有識者の貴重なご尽力も、費やした十億円を超える税金も、水泡に帰す如くに何も生み出していないのであります。
 この様な大型プロジェクトに時間とお金がかかることは、初めから分かっていたはずであり、もっと初期の段階で、着地点を見据えた議論と不退転の決意が必要であったと云わざるを得ません。
 ここにおいて、鷹山の「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」との一言が、痛烈な響きを持って伝わってくるのであります。
 知事は、三期十二年の総仕上げに向けて、平成十六年三月に「第四期実施計画」を策定され、広島県の現状を人口、産業と雇用、交流、分権と云う指標を用いて分析されるとともに、平成十六年度と十七年度の重点事業を掲げておられます。
 この分析によると、人口は社会減の拡大に伴う減少傾向がはっきりするとともに、広島市、福山市、呉市などの都市部の吸引力が低下し、さらに本県の基幹産業であった製造業や商業は減少傾向を強めているのであります。
 山口県では、「住み良さ日本一」の県づくりを進めるため、その目標像を分かりやすく示す「やまぐち住み良さ指標」の策定を進めております。
「安全な暮らし」「快適な暮らし」「健康と福祉」「子育て、人づくり」「働く環境」の五分野で、県民の視点に立って分かりやすく、県の全国順位や全国平均が分かり、目標の達成に向け、中長期的に一定の成果・検証が可能な四十一の指標案を公表しております。
 例えば「安全な暮らし」の指標のひとつとして、平成十五年時点で全国三十四位の「自主防災組織率」を、また「子育て、人づくり」の指標のひとつとして、全国第三位の「高校生の就職決定率」を案として挙げ、こうして挙げられた四十一項目について、今後、指標として確定するかどうか、また確定する場合には目標値をどれくらいにするかを決めようとするものでありますが、本県の指標に比べて明らかに明快であります。

 知事は就任して十二年、「日本で一番住みやすい生活県」や「魅力にあふれ内外の人々や企業から選ばれる元気な広島県」などの、キャッチフレーズを作られましたが、それは何をもって達成したと言えるものなのか、県民には全く見えてこないのであります。
 知事が就任時に夢見られた広島県と十二年後の今を比べた時、どの様な感慨をお持ちになるのか、お聞かせ願えればと存じます。

  私は、これからの広島県が進めるべき施策を考える時に、例えば、三期十二年を一つの期間としてとらえ、平成三十年の広島県の姿を考えてみます。平成三十年の広島県の姿を、予測可能なあらゆる角度からシミュレーションし、そこから振り返って現在の広島県を俯瞰して見る時、これから進むべき道が見え、中長期的な、指標、目標の設定が可能となってくると思うのであります。
 まず、人口ですが、国立社会保障・人口問題研究所が出している、都道府県別将来推計人口をもとに推計してみますと、広島県の人口は、平成三十年では約二百七十三万五千人で、平成十七年の二百八十六万九千人に比べ、約十三万四千人減少すると推計されています。
 また、ゼロ歳から十四歳までの、いわゆる年少人口は、平成十七年の四十万六千人から六万四千人減少し三十四万二千人となり、十五歳から六十四歳までの、いわゆる生産年齢人口は、平成十七年の百八十六万九千人から二十五万四千人減少し、百六十一万五千人になると推計されます。
六十五歳以上のいわゆる老年人口は、平成十七年の五十九万四千人から十八万四千人増加し、七十七万八千人になると推計され、「超高齢化社会」になることが予測されます。
 また、生産年齢人口の減少は、就労人口の減少を招き、経済活動が低下するとともに、今までのように、生産年齢人口が高齢者と年少者の暮らしを支える社会システムが崩壊する可能性が、極めて高くなることが予測できるのであります。
 平成三年度以降、十一兆円規模で推移してきた県内総生産についても、人口から推計しますと、平成三十年には十兆円程度に落ち込むことが予測され、現在の経済システムが維持できるかどうか、極めて不安定な状況となることが考えられます。
 ここで、全国に目を転じて、生産年齢人口を平成十七年と
平成三十年とで比較してみますと、平成十七年には八千四百五十九万人だったものが、平成三十年には七千五百三十七万人となり、九百二十二万人の減少が推計され、これは、現在の中国地方の人口をはるかに上回るものであり、これだけの生産年齢人口が減少することの意味は、現在の社会経済システムが完全に崩壊し、新たなシステムの構築が不可欠になると言っても過言ではないと思うのであります。
 さらに、広島県の予算規模や、職員の数に致しましても、県民総生産の推移から推計しますと、平成十六年度で一般会計当初予算一兆二百三十一億円が、平成三十年には、九割程度に減少し、また、県職員数三万三千九百九十七人も、基礎自治体などへの事務移管により、それ以上の減少が見込まれて参ります。
 この様な平成三十年の姿を、さらに他の指標も併せて、あらゆる角度からシミュレーションを行い、さらに具体的な広島県の姿をイメージして行けば、新たなる社会経済システムの構築など、あらゆる施策に具体的な目標と、それを測るための指標とを、立てていくことが可能となって参ります。
 我が国も、広島県も今、一つの大きな歴史的転換期の中にあると言っても過言ではありません。いずれ来るであろう道州制も見据えながら、平成三十年の県民が、「広島県に住んでいて良かった」と思えるような施策を、今から真剣に、県職員全員が一丸となって、取り組んでいただくことを県民は切に願っているのであります。その様な県民の想いを痛切に感じながら、次の質問に移りたいと思います。


知事答弁

 私が,知事に就任した当時の社会経済情勢は,少子・高齢化の急速な進行や経済活動のグローバル化,高度情報化の進展など,社会経済全般にわたる見直しや質的転換が迫られた時期でございました。
 こうした状況の中で,21世紀に向けて本県が新たな飛躍を遂げ,真に豊かな県民生活を実現していくため,「日本で一番住みやすい生活県」を目指して,「第四次長期総合計画」を策定し,豊かな県民生活づくりと,これを生み出す産業づくりや人づくりなどに,全力を傾注して参りました。
 この結果,「県民生活づくり」につきましては,小児医療体制の整備などの子育て環境づくりや,びんごエコタウン構想による循環型経済拠点の形成に向けた先導的な取組みが進むとともに,高速道路や空港・港湾,公共情報通信網などの基盤整備により,人や物,情報の交流が活発化して参りました。
 「産業づくり」につきましては,新規成長産業の育成や積極的な企業誘致などにより,先端技術関連企業など新しい産業の集積が始まり,雇用情勢も改善傾向にあるなど,明るい兆しが見えてきております。
 「人づくり」につきましては,「確かな学力」,「豊かな心」,「信頼される学校」を基本とした教育改革の推進により,基礎学力の定着・向上や学校の運営体制の強化などが図られてきております。
 また,全国に先駆けた市町村合併の進展により,新たな自治の枠組みも整いつつございます。
 この間,国・地方を通じた厳しい財政状況や社会経済環境の変化などにより,当初の予定どおりの進捗を確保できないプロジェクトもございましたが,全体としては,「生活県ひろしま」の実現に向け,着実な成果が現われてきているものと考えております。
 因みに,本県の人口を見ますと,社会減が縮小傾向に転じていることから,近年,増加傾向にございます。
 社会経済の枠組みが大きく変化する中で,今後とも,県民,企業,市町など,様々な方々と共に手を携えながら,将来の県勢の発展につながる施策の推進に取り組んで参りたいと考えております。


3.【行政改革の姿勢について】

 質問の第二は、行政改革の姿勢についてであります。
 最近大阪市の、特殊勤務手当などの支給実態が、公務員のお手盛りという形で報道され、市民国民の批判の中で廃止の方向が打ち出されております。
 一般国民や県民から見て、公務員の世界には、そこだけでしか通用しない制度や慣習が依然として残っており、これなどは氷山の一角に過ぎないものだと思うのであります。
 広島県においても、その様な実態があるのであります。それは、都市調整手当と言われるものであります。
 即ち、一定地域で勤務する職員に対し、調整手当なるものが支給されており、しかもその地域から他の地域に転勤した後も、一定期間同額に近い額の保障がなされるという我々には理解しがたい制度なのであります。
 この手当は、民間における賃金、物価及び生計費が、特に高い地域に在勤する職員等に対して支給される手当であり、本県では、東京都特別区に勤務すれば給料、管理職手当及び扶養手当の月額合計の十二%を、大阪市に勤務すれば十%、広島市に勤務すれば三%が支給されているのであります。
 職員の給与に関する条例第十一条の四に、いわゆる異動保障が明記されており、例えば広島市勤務の職員が福山市勤務となった場合、異動後一年目は三%、二年目は二・四%の異動保障額が支給されているのであります。
 平成十六年十月の広島県人事委員会の報告によれば、同年四月現在で、東京都特別区受給者が三十四名、大阪市受給者が五名、広島市受給者が一万四千九十四名、異動保障受給者が二千六百六十七名、また、条例第十一条の三に明記された医師の調整手当受給者が百六十一名となっているのであります。
 合計いたしますと、月額で二億円以上の額が支給されているのであります。
 
 民間企業が不況にあえぐ厳しい時代の中にあって、このような制度が、現在も引き続き行われている現実を見て、驚くというより、その感覚の異常さに、開いた口がふさがらないのであります。
 知事は、行政改革を口にされて久しくなりますが、この実態を知っておられるのか、それとも知らずに言っておられるのか。
 県が行ういかなる行政改革も誠に虚しく、県民の窮状を想う時、ふつふつと怒りが湧いて来るのであります。
 全体の奉仕者である公務員が、このように県民の心とかけ離れていては、まともな行政など、出来るはずもなく、鷹山の言葉を今一度思い起こし、もっと恥を知るべしであります。
 知事のご所見をお伺いいたします。


知事答弁

○ 行政改革は,時代の変化を踏まえた簡素で効率的な行政運営を目指し,継続して取り組んでいくべきものであると認識をいたしております。

○ 御指摘のありました調整手当につきましては,国に準じて支給している手当でありますが,平成10年4月に,県外から県内への異動に伴う3年間の異動保障を廃止するとともに,昨年4月には,県内の支給地域外への異動について,異動保障期間を3年から2年に短縮するなどの見直しを行ってきたところでございます。

○ このほか,給与制度の見直しにつきましては,退職時特別昇給制度を本年1月から
廃止するとともに,寒冷地手当について,支給地域を縮小し,居住要件を加えるなどの見直しを行ったところでございます。

○ また,旅費制度につきましても,日当の減額や外国旅行の支度料の廃止などを行うこととし,今次定例会に改正条例案を提案しているところでございます。

○ 今後とも,給与制度の見直しを含む行政改革の推進に当たりましては,昨年11月に策定した第二次行政システム改革推進計画に基づき,「より効率的でスリムな県庁の構築」に向けて,全力で取り組んで参る所存でございます。


(再質問)

 行政改革をやっているというが,今は民間より公務員のほうが給料が高いという状況の中で調整手当の制度が残っており,行革をやったというが,行政改革の実はあがっていないし,本当に県民の末端の声が行政に,知事に届いていないのではないかと思う。
 今のような行政改革で,一般の県民の方がそれで当たり前だと思っているというのか,そのことについてもう一度知事の厳しい認識をお聞きしたい。


(答)
○ 先ほど知事から御答弁申し上げましたとおり,行政改革は時代の変化を踏まえた簡素で効率的な行政運営を目指して,継続して取り組んでいくべきものであるというふうに 認識をいたしております。

○ 御指摘の調整手当のあり方を含めました給与制度の見直しにつきましては,昨年11月に策定しました第二次行政システム改革推進計画に基いて,今後とも引き続き取り組んで参りたいというふうに思っております。


4.【予算編成のあり方について】

 質問の第三は、予算編成のあり方についてであります。
 県の当初予算、補正予算の編成については、まず、その編成方針が最初に決定され、各部局で予算要求がまとめられ、それを財政当局が査定するといったやり方で、長年行われておりますが、私は、この仕組みそのものが、すでに時代遅れではないかと思っております。
 例えば、編成方針に定められる予算の要求基準、いわゆるシーリングでありますが、各部局ともに、同じ率を定めるために、各部局の一般財源のシェアは毎年固定されたまま、基本的には変わらないのであります。
 限られた財源を最大限有効に活用する、あるいは選択と集中によって県勢の活性化を目指すと言われておりますが、例えば、県の重点施策である産業再生などでは、商工費、土木費は前年度の二十%増、内部管理中心の総務費は、二十%減、などといった要求基準が示されるならば、意味のある予算の集中ということもできると思いますが、各部局とも一律同じマイナスシーリングでは、予算の集中ということができない。これが第一の問題点であります。

 第二に、各部局が、シーリングという制約の中で、それぞれ検討に検討を重ねて作成した予算要求を、膨大な時間と労力をかけて、財政室が査定しておりますが、各部局が絞った知恵以上のものが、財政室の査定から出ているのか。
 そもそも査定ができるほどに、財政室が本当に、その課題や現状、現場のことを理解しているのかという根本的な疑問が残り、そこが中途半端であるとするならば、査定という作業は、問答無用の数字合わせや、各部局の横並び調整ばかりに終止し、事業費の削減という名の選択と、集中のない、ばらばらの横並び査定が行われているのではないか。
 査定にかける膨大な時間と労力に見合う、建設的な予算編成が、本当にできているのか、その費用対効果はどうなのかといった、初歩的なことさえも検証されないままに、財政室の査定というものが延々と継続されているのではないかと思うのであります。
 他の都道府県では、従来の、財政当局中心の予算編成システムを見直すところが数多く見られるようになっております。
 その先駆的な役割を果たしたのが、北川知事時代の三重県の取組みであります。
 三重県では、生活者すなわち、県民を重視し、県民の視点から政策を進め、政策の成果、結果を重視する考え方に転換していく中で、県庁組織内の権限移譲、分権化を進め、予算編成においても、長期計画の施策体系別に県の一般財源を包括的に各部局に配分するといった先導的、画期的システムが出来ております。
 前年度実施した政策の成果、結果の評価を適正に行い、それを根拠とした上で、財政当局は包括的に財源配分を行い、配分された財源を何に使うのかは、各部局に任され、財政当局はこれを査定しない。即ち、各部局は、県民ニーズに立脚して主体的に予算を伴った政策決定ができるようになっているのであります。

 政策課題の実情や問題点をより正しく、また詳しく知っている各部局を信頼し、またその意見を尊重すると同時に、結果に対する責任を持たせる、そのような仕組みであります。
 三重県の財政課は、予算調整室という名前になっていますが、このように、財政課の予算査定権限を各部局に移譲し、各部局に責任を持たせる中で、各部局の主体的意欲的な取組みが展開される仕組みは高く評価され、これに追従する県も次々に出て来るなど、今や時代の要請にも、なりつつあるのであります。
 本県も、十分とは言えない政策評価の取組みをさらに充実強化する中で、各部局の自己決定、自己責任による政策の立案を実現可能にしていくこのような予算編成システムの導入をすべきではないかと考えますが、どのようにお考えか、お伺いいたします。


知事答弁

予算編成におきましては,各部局の自主性・主体性をできる限り発揮させることは重要であると考えております。
これまで, 全体予算のうち,人件費,公債費等を除く一般事業の概ね2割を占める経常的な経費については,各部局が自主的に編成できるように改善するなど,一定の取組を行って参りました。
一方,第4期実施計画の重点施策や,部局の枠を越えて複数部局で取り組む事業などにつきましては,全庁的な視点から事業の必要性を判断し,メリハリの効いた予算編成を行う必要がございます。
平成17年度の予算編成においては,第4期実施計画の「産業再生」などの最重点5分野の施策に,実施計画策定前の平成15年度と比較すると,10.3%増となる約410億円を重点的に予算措置いたしました。
また,「元気な広島県の実現に向けた新規・重点化予算」として,本県の将来の発展につながる17の戦略的事業について,部局の枠に捉われず3億円余の予算措置をしたところでございます。
今後とも,全庁的な視点と各部局の自主性・主体性とのバランスを図りながら,予算編成と施策点検システムをより一層連携させるなど,予算編成方法の改善に努めて参ります。


5.【本県の産業構造の転換について】

 質問の第四は、本県の活力を生み出す産業構造の転換についてであります。
 知事が県政を担当されたのは平成五年、バブル景気が崩壊した後のことでありましたが、その後、予想を超える長期の景気低迷が続く中で、全国の都道府県では、いち早く景気を回復させるための努力をされてきたのであります。
 その努力を検証する指標として、バブル崩壊後の平成三年度から平成十三年度までの、県内総生産の伸び率を全国都道府県別に並べてみると、本県は最後尾から四番目、日本一どころか最下位を争うという、惨憺たる状況を数字が示しております。
 この本県低迷の原因の一つに挙げられるものは、本県の産業構造、いわゆる重厚長大型の産業構造が転換できていないことであり、新しい価値観や市場の動向に適応できる産業が育っていないことであると思うのであります。
 ものづくり県として、製造業の活性化は、当然に進めるべきだとは思いますが、さらに、将来の本県経済を支える新しい産業の創造に、特に、成長産業と言われるものについて、何故もっと、緊急度を高めて政策を推し進めることができなかったのかと思うのであります。
 今後、間違いなく人口減少時代が到来するのであれば、その減少を抑えるためにも、魅力ある産業の創造が欠かせないことは、自明の理であります。
 特に、広島都市圏は、中四国地方で最大の人口や事業所の集積を有し、情報サービスや教育訓練、出版や広告などの知識産業といわれる高度のサービスや、高齢者介護サービス、そして観光といった大きなマーケットを抱え、大きな可能性を秘めているにも関わらず、昨年、広島市の都市型サービス産業従事者が、五年間で一万人も減少し、七百近い全国の市の中で最大の減少であったことが明らかになったことは、本県が如何にこの分野で立ち遅れたのかを示すものであります。
 そして、昨年九月定例会での知事の答弁は、「サービス産業の振興については、事業活動や商圏人口の拡大を図るため、広島中枢都市圏への県内外からのアクセスを改善するなど、交流基盤の整備を行う必要がある」というものでありました。
 広島都市圏のサービス産業の振興に向けて、県の果たすべき役割というものが、交流基盤の整備だけで、サービス産業への直接的な支援は、県の守備範囲ではないかの如くの認識は、耳を疑うばかりであります。

 経済産業省が昨年発表した「新産業創造戦略」においては、我が国の今後の戦略的分野として、燃料電池、情報家電、ロボット、及びコンテンツの四つの先端的な新産業分野のほかに、社会ニーズの広がりに対応した、健康福祉、環境とエネルギー、ビジネス支援といった、サービス産業を中心とした三つの分野を選定しているのであります。
 さらに、この七つの分野に対する重点的施策を実行した場合には、中長期的な産業構造として、製造業は、国際競争を勝ち抜く一定規模を保持するにとどまるけれども、サービス業、特に、事業所や個人へのサービス、医療・保健、社会保険や介護は大きく成長し、雇用創造の場になると高らかに展望し、サービス産業の可能性を高く評価しているのであります。
 今後、本県が直面する、人口減少、高齢化などの厳しい試練を自らの力で克服し、活力ある社会を創造していくことを目標とするならば、将来を見据えた社会や産業の在りようを描き、そこに向けて明確な課題を設定し、事業を推進していく強い決意が、何よりも求められているのであります。
 県がこれまで取り組んできた、産業構造転換のための施策の総括について、併せて、今後の新産業の創造、本県産業構造の変革にどのように対応されるのか、お伺いをいたします。


知事答弁

 本県としましては,経済のグローバル化やIT革命の進展,少子高齢社会の到来など社会経済情勢の変化を踏まえ,活力ある県経済の実現に向けて,新規成長産業の創出や,本県産業の高付加価値化に積極的に取り組んで参りました。
 こうした中で,バブル経済崩壊後の平成5年度から13年度までの県内総生産は伸びが低くなっているものの,平成15年の製造品出荷額は対前年比6.1%増で,全国4位の伸び率となっております。
 産業構造の面から見ますと,県内製造業の中で,平成5年に出荷額が4位であった電気機械が,15年には2位に上昇するなど,高い成長を示しております。
 また,サービス業を中心とした第三次産業の県内総生産に占める比率も平成5年度の約55%から平成13年度には約66%に高まり,本県の産業構造は全体としてバランスのとれた構造に転換しつつあるものと認識しております。
 こうした流れをさらに促進するため,新年度においては,
・成長が期待されるバイオ,環境,福祉などの分野における研究開発や販路開拓及び資金面での支援
・ 県内産業に波及効果の高い先端的分野の企業誘致に努めて参ります。
 また,情報通信や生活文化などのサービス業の分野において,研究開発や事業化などに意欲的に取り組む企業を引き続き支援して参ります。
 その上で,事業活動や商圏人口の拡大を図るため,交流基盤の整備が必要であると考えているところであります。
 今後とも,県勢の更なる発展に向けて,本県産業の活性化と競争力の強化に全力を尽くして参る所存でございます。


6.【広島県の顔づくりについて】

 質問の第五は、広島県の顔づくりについてであります。
 本県の十七年度当初予算案が示されたところでありますが、これをもって広島県は何を標榜し、どういった方向を目指すのか、私には残念なことに、全く見えて来ないのであります。
 かって、本県は、戦前の高等師範学校の時代に、また、戦後においても、優れた人材を全国に多数輩出し、全国に誇れる教育県広島でありました。それが基盤となって中四国地方の雄県と称され、我々県民は大きな誇りを持ち、胸を張って全国に出て、活躍することが出来たのであります。
 それが、何時の間にやら本県は、そうした誇り得る地位を
失ってしまったのであります。
 県民であることを全国に誇れるもの、他の追随を許さない、まさに広島の顔とも言うべきものを、なくしてしまっているのであります。
 日本で一番住みやすい生活県、元気な広島県、こうした標語から何が生まれたのか再三指摘されておりますが、具体性に欠けるこうした目標では、政策の焦点は定まるはずもないのであります。
 失ったものを取り戻し、県民が夢と希望の持てる、誇りの持てる広島県を再びつくりあげることこそが、本県の輝く未来を創造することであると私は信じて疑わないのであります。
 それは例えば、環境の世紀をリードする「環境立県」などが考えられます。
 今や環境問題は全世界、人類共通の課題になっておりますが、我が国の環境技術などは現在でも、世界に伍して負けないものが蓄積されております。
 京都議定書の議長国でもある我が国が世界に出て、そのイニシアティブを取ることができる分野は環境であるとも言われております。
 また、今までは、企業の経営資源は、人、モノ、金でありましたが、これに情報が加わり、今や「環境」が加わっているのであります。
 環境に正しく対応できる技術、ノウハウがなければ、企業として生き残ることができない、そんな時代になりつつもあるのです。
 例えば本県が、全国に先駆けて、環境立県という目標を立て、環境技術や環境産業の育成・集積を成し、一大環境拠点を形成し、それを持ってアジアや世界へ出て行く姿は、本県の輝かしい未来を約束するものだと思うのであります。
 平成二十二年には、四十兆円もの市場規模に達すると言われるエコビジネスや新エネルギー開発などを含めて、二十一世紀をリードするものが環境であり、本県が他県に先駆けて、取り組む価値のある、有望な分野であります。
 また、例えば、被爆県としてアジアや世界に対する具体の平和貢献として、医療立県を目指す方向も考えられます。
 本県の特色である原爆医療に加えて、高度な医療機関、医療技術、医療産業の集積を図るとともに、医療従事者の養成や、医療情報基地としての機能を整備し、最先端の医療と技術を提供し、人材養成などを通じて、開発途上国をはじめ、世界に貢献する医療拠点を目指すことも考えられるのであります。
 知事は開会日の所信表明において、広島発の平和貢献に積極的に取り組むと言われましたが、その中身は、技術研修員の受入と、カンボジアでの支援であります。
 その様なものではなく、県民が誇り得る、広く世界に貢献し、本県の存在を世界中に示すような平和貢献を目指すべきであります。
 つまり、時代の一歩も二歩も先を睨み、成長分野をとらえ、明快な目標を定め、焦点を絞り、そこに集中して将来の県づくりを戦略的に進め、県民が、本県の将来に夢と希望、誇りを持つことができるようにすることこそが、職員を含めて指導者としての県の、指導者たる所以であり、それができて初めて行政としての真骨頂、面目躍如と言うことになるのだと思うのであります。
 広島県の顔づくりについて、知事はどのようにお考えか
お聞かせ願いたいと存じます。


知事答弁

 平成12年に策定した「県政中期ビジョン」において,「魅力にあふれ,内外の人々や企業から選ばれる」元気な広島県づくりを本県が目指すべき目標として掲げました。
 この目標を実現するため,本県が直面する課題である「産業再生」,「教育改革」,「子育て支援」,「環境創造」,「分権推進」を最重点5分野として位置付け,積極的な取組みを進めて参りました。
 こうした取組みを重点的かつ着実に推進していくことが,議員ご指摘の,県民が夢や希望,誇りのもてる県づくりにつながるものと考えております。
 今後とも,厳しい財政状況の中で,施策の一層の選択と集中を図りながら,「元気な広島県づくり」に全力で取り組んで参ります。

(再質問)

 3期12年の検証に関して,これまでの大規模基盤整備などの取組みについて知事の認識が甘いのではないか。また,重点5分野について触れられたが,これは当たり前のことであり,それが県民の誇りの持てる顔だとは到底認識できない。
 広島県が全国から見たときに,こういうものをやっている,あるいは世界から見たときに広島県はこういうことをやっているというような,そういう顔がないということについて,もう一度知事にお伺いしたい。



(答) 政策企画局長
 先ほど知事が御答弁申し上げました最重点5分野のうち,特に,産業では,新規成長産業の育成や積極的な企業誘致などにより,新しい産業の集積が始まりつつあります。

 また,教育におきましては,学力の向上や教員の指導力の向上などの教育改革を推進することによりまして,「新たな教育県ひろしま」の創造に向けた取組みが着実に進んできていると考えております。

 さらに,分権推進におきましては,全国に先駆けた市町村合併の進展により,新たな自治の枠組みも整ってきていると考えているところであります。

 今後,こうした成果の積み重ねによりまして,県民に夢や希望,誇りのもてる広島県づくりに努めて参りたいと考えております。


7.【教育諸制度の改革について】

 質問の最後は、教育諸制度の改革についてであります。
 我が自民党議員会は、去る一月、参議院文教科学委員会委員長に対し、我が国の将来を展望した教育改革推進のための、教育諸制度の改革について提言を行いました。
 これは、本県教育が文部省是正指導を受けるに至ったことの深い反省に立つとともに、これまでの是正と改革の取組みを踏まえ、今後の本県教育のあるべき姿を展望する時、本県教育の荒廃の要因には、本県の主体と責任において解決すべき様々な課題が内在していると認識した上で、国の教育諸制度の改革なくしては、本県は勿論、我が国全体としての真の教育改革は実現しないとの考えから、
 ・教育基本法の抜本的な改正
 ・教育委員会制度の見直し
 ・初等中等教育制度の見直し
 ・教員養成及び教員免許制度の見直し
 ・厳正かつ的確な教科書検定制度の実施
 ・学校評価制度の的確な実施
 ・義務教育費国庫負担制度等の改革の進め方
 ・政令市の県費負担教職員任命権の道府県教育委員会への一元化
 以上の八点について、速やかな実現を要請したものであります。

 我が国並びに本県における教育改革が着実に進展し、新しい時代を切り拓き、国際社会に貢献できる心豊かでたくましい日本人を育成する教育が実現されることを強く期待するものでありますが、この提言について、知事はどのようにお考えか、ご所見をお伺いいたします。

 以上で私の質問を終わります。
 ご清聴、誠にありがとうございました。
 

知事答弁

 豊かな県民生活を実現し,次世代への飛躍に繋がる人づくりを推進するためには,教育の果たす役割は,極めて重要であることから,「教育改革」を県の最重点5分野の一つとして積極的に取り組んでいるところであります。
 こうした中,この度,提言された項目の多くは,国においても初等中等教育改革の検討項目として抜本的な議論が始まったところであり,今後の教育改革を推進する上で,大切な視点であると考えております。